相州横須賀造船寮(所)関係図
慶応元年(1866)、幕府はフランスの援助を得て、「横須賀製鉄所」の建設を始めました。主任技師として慶応 2年に来日したヴェルニー(Francois LeonsVerny・1837-1908)以下多数のフランス人も参加しました。明治維新後も工事は続けられ、工部省所管を経て、第1号ドックの完成した明治4年 (1871)に、海軍所管の「横須賀造船所」となりました。なお、ヴェルニーは、観音崎、城ケ島、野島崎、品川の各灯台や走水の水道などの建設にも尽力し、明治9年(1876)帰国しました。